スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)
タグ :

増殖するベランダの植物

 2010-08-31
今年の夏はとりわけ暑かったが、ここ数日は夜は大分気温が下がり過ごしやすくなってきた。
気がついてみればもう9月である。
アメリカに来てもう3年経ってしまった。
もしかしたら、すでに半分以上のアメリカ生活を過ごしてしまったのでは。
そう思うと最近はアメリカ生活の残りを楽しもうと気になってきた。
こないだもうすぐ帰国するというT先生の言葉「あと1年を切ったところからカウントダウンは始まります、来年のサンクスギビングはもうここにはいないなあとか…」が印象に残った。

先日、B先生の奥様から、紫蘇を株分けしていただいて、うちのベランダの植物は3種類になった。
この暑さでぐんぐん育つ。

balcony flower

この写真は朝だが、夕方にはとても日差しが強くなるので、朝うっかり水をあげ忘れるとしわしわになってしまう。
丸一日と半あげられなかった時はもうだめかと思ったが、結構復活するものだ。
バジルはものすごく増えるので、いとこの真似をして乾燥させてみたが、何に使ったらいいのだろうか。
紫蘇は宮崎の郷土料理、冷や汁に使いたい。(アメリカを楽しむとは言いつつ、やはりアメリカの料理はいただけない)
スポンサーサイト
タグ :

my sweetheart

 2010-08-20
NIHでは、夏になると沢山の学生が来る。いや、夏でなくとも年中いろんなタイプの学生がいる。
典型的には、医学生で3年と4年の間の一年を基礎研究を経験するために来る学生さんや、医学部に行きたい大学生、大学を卒業した学生さん(ポスバクと呼ばれる)。
彼らはフルタイムでNIHに1年とか時には2年いて、研究にDedicateするのだ。
これは日本にはない素晴らしいシステムと思うのだが、更にすごいことにはちゃんと給料ももらえるのだ。
なので結構アクセプトされるのは大変のようだが。
夏休みには更に多くの学生がやってくる。高校生だったり大学生だったり、医学生だったり。給料ももらえる人ともらえない人といろいろいるみたいだ。

去年の9月から高校生のD君が我々のグループに参加した。彼のプロジェクトはグループ内の韓国人ポスドクSさんが指導することになり、最初は我々日本人グループとあまり接触がなかった。
しかし話してみると、彼は非常にモチベーションが高くて何でもいろいろ学ぼうとするので、
なるべくいろいろ見せてあげようと、マウスの解剖や、H&E染色など教えてあげたのだった。
すると彼はいつしか、暇があれば私のところに来て、「今日は何かすることない?」と聞きに来るようになった。
私は毎日、彼のためにいろいろ実験を用意するのに忙しくなった。
教えるのは自分でやるより時間がかかるし、無駄になるものも多い。細胞培養など教える時には、つきっきりで見ていなくてはならず、自分でやった方が全然楽である。
それでも、教えて任せられるようになれば、自分も楽になるし、やる気のある学生さんを教えるのは何より楽しかった。

いろいろ教えるためには英語で話さなくてはならず、必然的に私の英会話の練習にもなった。
最後には大分わかるようになったが、最初はNativeのスピードで話す彼の英語はほとんど理解できなかった。
彼も外人とそんなに接したのは初めてなんではないだろうか。彼も私の英語に慣れて来たに違いない。最後は大分話が通じるようになった。

前にも書いたのだが、彼はボランティアでFirefighterをやっていて、そういうボランティア精神からか、みんなのために働くのが大好きなようなのだ。そういう彼の態度は、他の年長の学生達の態度をも変えたのである。ついうっかり目を離すといつの間にか家に帰ってしまっていたR君も何か感じ取ったようである。

ところで、アメリカの学生達の間には先輩、後輩というものがないらしい。
何年生だろうと、みんな友達みたいなのだ。
そういえば英語には敬語とかあまりない。
いつも困るのが偉い人に送るEmailの文章だ。日本語ではこれじゃフランクすぎるんじゃ???と思うような文でもそれしかないので仕方がない。

今週は多くの学生さんが最後の週だった。
D君はすしを食べたことがない、というので最後の日にはすしレストランに連れて行った。
レストランに行く前に彼はPeace flower(アンセリウム)の鉢植えを持って私のところにやってきて
「今までありがとう」と手紙とともにくれた。

peace flower
カードにはこれでもか、と感謝の言葉が並べられていた。
私だけでなく、ラボの全員にお手紙を書いてきたようだった。
男子高校生が!!!衝撃的だった。
自分では熱意を持って教えたつもりだったけど、ここまで期待してなかった。
さすが欧米の男子、やられた、という感じである。
来年もきっと来るとさわやかに去って行った。
一回り大きくなって帰ってきてね。


タグ :

米国版確定申告について

 2010-08-12
もうアメリカに来てかれこれ3年。
TAX RETURN(アメリカの確定申告)ももう3回目。今年はいろいろ面倒だったが今日最後(希望)の手紙がIRSから来て今年はやっと終わった。

確定申告は個人個人で行う。普通の人は州税と連邦税を払う。
連邦税は、一部の国の人(フランス、イタリア、韓国など)で、J-1ビザの人はその国とアメリカが協定を結んでおり、免税になるのだ。これは大きい。
日本はなんと私たちの来る直前に協定をやめたらしい。大変残念な話だ。
なので、5年位前に来た人は、「I'm from Japan which has treaty」と一筆書けば免税になったそうだ。
しかし協定後の私たちは、連邦税は天引きである。
私たちメリーランド州の住人はメリーランドのCountyに州税を払うのだが、住んでいるCountyによって税率が違う。私たちの住むMontgomery countyは最も税率の高いCountyなのだ。きっと道路の向こうに住んでいるお金持ちのせいであろう。

最初の年は、年の一部しか米国にいなかったので、給料の総額も、天引きの税金もたいしたことは勿ったのでそのまま基礎控除だけ控除したのだが、去年になっていろいろ控除することにより大分節税できる事を知ったのである。例えば、住居費用、食費交際費の一部、仕事に必要なパソコンや書籍、仕事で車を使っている場合の車のメンテナンス費用などである。
日本でも確定申告などしたことない私にとっては、非常にハードルの高い難解な作業に思われ、実際英語の分厚いインストラクションを読むのに非常に労力を要したが、
いざ提出してみると昨年は、驚くべき金額を節税できたのだった。(といっても給料自体が安いので金額的にはそんなにたいしたことない)。

せいぜい書類作成にかかるのは丸週末くらいなので、時給換算にすればこんなにおいしいバイトはない。
そう思って今年もがんばった。
去年は全く何の問題もなかったので、今年は更に大胆に控除してみたのが悪かったのか、
最初に問題が起こったのは州税だった。

ある日、Montgomery countyから手紙が…。
いつもの如く(違反チケットシリーズを参照)チケットかと思いきや、
追徴課税のお知らせだった。
州税は予定納税のシステムがあるのだが、よくわからないので無視していたら、その分納期までに一定の額を納めていないと、足りない分に対して利子が発生するのである。
なので、確定申告の締切日に全額納税したとしても、すでに利子は発生しているのだ。
非常にわかりづらいシステムだし、そもそも予定納税のことも聞いてないよ、という感じだったので
利子を取られるのは釈然としなかったが、その追徴課税の手紙が非常に高圧的で、もし不満があるのであれば、法廷にてアピールしてもいい、とか、締め切りまでに利子を払わないと更に利子がつく、とか、ほとんど脅迫に近い内容なので恐ろしくて払ってしまった。しかも金利は高利貸し並みの高金利で、日割りで納金締切日までの予定の金利がすでに上乗せされている。
そして私は、あわてて来年分の予定納税をセットアップしたのだった。

次に来たのはIRSからで、夫の納税金額が少ない可能性があるので追加の書類を提出しろという内容だった。
IRSのサイトにいくと、ものすごい種類のFormがあって、Form1040を提出するために、Form8843やらForm6251なども提出せねばならず、孫引きの孫引きみたいな感じで何がオリジナルなのかわからなくなってくる。
どうやら、間違いはAlternative minimum taxという、意味のわからない単語を飛ばしたために起こったようだ。
仕方なく、もう一度ファイルを引っ張り出して、分厚いインストラクションの該当する項を読んでみると、もうひとつFormを提出すれば済みそうだ。

Formを送り出して安心していると、再びMontgomery countyから手紙が。
今度は2008年に提出した夫のファイルに対する追徴課税である。
ついこの間2009のファイルを提出したというのに、2008年?しかも利子は一年と3か月分もついているではないか。
しかし、期限までに提出したファイルを一年後の今、検証するのは全くの州側の怠慢で、
そのための利子を払わされるのは納得がいかないではないか。
納得がいかない場合の対応が同封の冊子に書いてある。法廷にアピール。そんな滅相もない。
疑問がある場合は電話で問い合わせ。気が進まないがしょうがない。
このタイムラグに疑問を持たないものがあろうか?

電話をするとやはり撃退用のおばちゃん(おそらくジンコク)が出てきて、とにかくインストラクションの何ページを見ろという。それ以上は埒が明かない感じだったのでとりあえず引き下がる。
家に帰って確認すると、連邦税では控除が認められているものの、州税では控除が認められない項目があり、それを控除に入れていたのが間違いだったらしい。
間違いは間違いだが、1年以上ものタイムラグはやはり州の怠慢で、利子を払う言われはないのではないか、と再び意を決して電話する。
すると幸いなことに今度は白人の男性(と思う)が出てきて、私の主張を聞いてくれ、
「実は、今回のことは6月の終わりにIRSから通知があり発覚したもので、私たちにはどうすることも出来ないことだった。あなただけでなく、何百人と同じような人がいて、みな利子を払わなくてはいけないのだよ」
と説明してくれたのだった。
そう言われれば、納得するしかない。しかし言われようひとつで、払う側の気持ちはだいぶ変わってくるものだと学んだのであった。

話が長くなってきたので、この辺でいったん終了。その2に続く(と思う)
タグ :

DCで現存する一番古い家

 2010-08-10
今週末は、ボランティアで友達になった日本好きなアメリカ人女性のAさんと、GeorgetownというDCの賑やかな通りへお買い物に行った。
GeorgetownはM StreetとWisconsin Avenueの交わるところを中心とした、ショッピング街である。Georgetown universityが西側の終わりにあり、学生街でもある。ブランドショップが立ち並ぶと言うよりは若者向けのおしゃれな路面店やレストランが中心である。

お昼を食べたのはMie n yuというアジア風レストラン?
内装が凝っていて特に御手洗は必見である。
きっと夜は若者でいっぱいであろう。
食べ物はランチだったからか、全くのアメリカ料理であった。
バーガーについていた謎のそばヌードルサラダ。

soba noodle salad

残念なことには麺つゆでなくて醤油がかかっているのだ。教えてあげたい。

アメリカでもセールは7月からのようで、
だいたい7月4日の連休の時に始まるようである。

街の真ん中で面白い建物を見つけたので写真を撮った。

old stone house

なんとこの建物はOld stone houseというれっきとした歴史的建造物で
National parkの管理下におかれているものらしい。
DCで現存する一番古い建物だったのだ。1765年築。

old stone house 1766

アメリカの歴史は浅く、この辺の名所史跡はほぼ独立戦争、市民戦争に由来するといってよい。
私がアメリカの学生だったら、間違いなくセンター試験の社会はアメリカ史を選択するだろう。
タグ :

Oldest fire house with police station

 2010-08-03
うちのラボに来ている高校生、今は卒業してこの秋から大学生のD君はボランティアで消防士をやっている。
この国ではFire fighterというのはもちろん職業としてのFirefighterもいるのだけれど、ボランティアのFirefighterがたくさんいるのだそうだ。(もしかして日本もそうなんだろうかと思って調べてみたら、日本も基本ボランティアベースらしい。しかし私の周りでは消防士のボランティアをやっている人なんて聞いたことないのだが。それともうちの家族とかももしかして参加してたりしたんだろうか?)

それにしても高校生がFirefighterのボランティアをやるなんて、ちょっと日本では考えられないことだったので驚いた。(日本の親はそんな危険なこと!と顔をしかめそう)
彼の双子の妹もボランティアとして参加しているそうだ。女の子もいるなんて更に驚きである。
ボランティアといっても、本格的なトレーニングを受けているようで、この夏休みはFirefighterの合宿に行ったらしかった。

そんな彼の影響でこれまで全く気にとめていなかったFirefighterについて興味を持ったのだった。
こないだボストンに行った時に、町の一角にかなり古そうなFirehouseを見つけたので何の気なしに写真をとった。

fire station2

翌日のダックツアーのガイドさんが、これはアメリカで最も古いFirehouseだというので
なるほどD君に見せなくては、ともう一枚撮った。

old fire station

帰って確認すると、最も古いFirehouseというのは間違いで、
ボストンで最も古い現役のFirehouseプラスPolice station(しかし今はPolice stationは現存していない)ということらしい。

それでは最古のFirehouseはどこにあるか?実はこのメリーランド州のFrederickにあるんだそうだ。
Firehouseの歴史について詳しく知りたい方はこちらをどうぞ!
タグ :

Boston観光のハイライト

 2010-08-02
ボストン市内をそこらじゅう走っているカラフルな船みたいなバス。これが今回の旅行のハイライトのダックツアーである。
このダックツアー、人気があるそうで、予約しないと参加できないのだそうだ。

DUKW.jpg

この船みたいな車は実は船であって、水陸両用車として第二次世界大戦で使われたDUKWという乗り物らしい。
Duckなんてかわいいものじゃないのだ。
現在ダックツアーで使われているDUKWには2種類あって、オリジナルで
後ろの座席が屋根のないタイプのもので32人乗り、のものと、Modified DUCKSという後ろまで屋根がついている、少し車高の高いタイプのもの36人乗り。我々の乗ったDUKWはオリジナルモデルであった。

man in tights


中世の格好をしたお兄さんが案内役且つ運転手。よくしゃべるのだが早口で半分以上は良くわからない。
笑いが頻繁に起こるところからきっとジョークを交えて説明しているんだろう。

ボストン市内を水陸両方くまなく回る1時間半。サイエンスミュージアムのところからいよいよ入水である。
入水

船として2

船として結構ちゃんとしているではないか。しかしもともとはGMCトラックに防水のシールドをつけたものだったようだ。

他のダック

チャールズリバーにはたくさんのヨットが浮かんでいた。今日は暑すぎず、風もそこそこあって気持ち良さそうだ。
タグ :

Jetblue最高

 2010-08-01
久しぶりに旅行した。
夫の日本のポスドク時代の友人の先生が今年の春からボストンに留学しているというので、訪ねる旅である。
前回は車で行ってえらい大変だったので、今回は飛行機で行った。飛行機なら1時間半である。

今回はHotwireで予約した格安航空会社のjetblueを初めて利用した。
往復で燃料費など入れると一人200ドルであった。まあそんなもんだろうか。

BWIに着いて、まずチェックインのところですでに違いが明らかであった。
他の航空会社は、チェックインのために大変な行列が出来ていたのだが、(サウスウエストは外まで!!!)
Jetblueはセルフチェックインカウンターがたくさんあり、全く並ばなくて済んだ。

jetblue checkin


シートは全席エコノミー、しかしピッチが広く革張りで快適なことこの上なし。
座席には国内線では初の個人用テレビ!しかも41チャンネルもあって、リアルタイムでテレビが見られるのだ。
イヤホンを忘れても2ドルで貸してくれるので全く問題ない。普通にipodのも使える。

earphone.jpg


乗務員もUAとかではありえないくらいフレンドリーで親切だ。
たった1時間半のフライトなのに、ジュースとお菓子もくれる。
非常に感銘を受けた。まさに革命!今までのUAとかでの虐待は一体なんだったのだろう。
Jetblueのコンセプトは「飛行機での旅行に人間性をもたらす」ということなんだそうだ。

シングルで4人の子持ちというフライトアテンダントのお姉さんも非常にナイスだった。
もうこれからはJetblueしか乗らない。と決心させるに十分な体験であった。

JetBlueの機体は後ろの三角のところが一台一台デザインが異なっているそうで、各機体には個別の名前がついているんだそうだ。なのでこのブログをみれば、あ、これオレの機体じゃないか!と認識できるのではないだろうか。

jetBlue.jpg

タグ :
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。